昭和五十六年十一月下旬のこと、M市に住むYKさん(三十九才)が事前の電話予約によって奥さんとともに訪ねて参りました。電話の話では神経をやられ苦しんでいるとの由でしたが、来訪時に一見したところでは普通の人と余り変ったところもないような印象でした。
相談室に招じ入れて、努めてくつろいだ形でKさんと介添の奥さんから交々経緯や状況を伺いました。Kさんの方はどちらかといえば口の重い人でしたが、奥さんの方が物事を正確に認識して的確に表現できる方でありましたので、大変助かりました。
お話によればKさんは奥さんと男児二人の四人家族ですが、Kさんはノイローゼのために三年間も断続的に働けない状態が続いているというのです。一つの職場に就職しても三ヶ月位から長くて六ヶ月でやめてしまい、今では就職口も見つからない状態になってしまったということでした。
勤めが続かない最大の条件は対人関係が巧くゆかないというのです。勤め始めて二~三日で他人のことが気になり、自分が特別な眼でみられている様に思い、たえず自分のことを誰かが陰口を言っている様に思われるというのです。被害妄想的になってしまうのです。
本人は口下手で無口であるという自覚があるために、積極的に他人と話すこともせず、従って友人もなかなか出来ない状態で、自分の心の中に閉じこもったまま、内面葛藤しながら苦しんでいたのです。
身体的な症状としては頭が重いことが多く、特に寝起きの時に重いということでした。また不眠症にかかっていて眠れないことが多く、時々寝言を言ったり就寝中に歯ギシリをすることが多く、たえずいらいらする由です。
職業は運転手ということであり、平常神経を使う仕事であるだけにこのような状態では大変危険もあり、医師にも治療に通ってみましたが症状の好転もなく、今はなす術もなく困り果てているというのです。
さらに、長い期間に亘って稼ぎが充分でないために身内にも借財がかさんで、親戚関係でも面白くないことが重なり、こちらの面からも大変息ぐるしい状態に追い込まれてしまっているということでした。全く八方塞がりといった状態であります。気丈そうな奥さんも語りゆくに及んで目に涙を浮かべ、生活に疲れ切っている状況が伺われました。
私はここでKさんの家の霊的実情、つまり先祖や身内で亡くなった人々の状況を質ねました。この事情聴取の中でKさんの家ば父の代に入りムコでありながら父が自分の実家の姓を名乗り、祖父の代までの姓が途絶えてしまったこと、さらに水子霊もあることなども判りました。若干の予備知識を得た上で霊査をおこなうこととしました。
Kさんに私と向きあって正座して頂き、奥さんには本人の右手斜め前方に坐って頂き、Kさんお様子を観察できる位置を占めて頂きました。神に祈念の上で霊査に入りました。ものの三分も経過した頃、合掌したKさんの手と目に霊動がでてきました。観察しているとKさんの眼を中心にした額、頬、口許に幼児の表情がでて参りました。水子霊の感触であります。
私は語りかけました。「Kさんに出てきたのは水子のご霊さんかね?」。言葉が終るや否やKさんの身体が小刻みに震えだし、うっすらと目に涙がにじんできました。「あなたはKさんの赤ちゃんだね!」。私は確認の言葉をつぎました。Kさんの霊動は益々激しさを加え、涙があふれだしました。水子霊の反応でありました。
私はすかさず霊を鎮めて第一回の治療に入りました。まずKさんの身体を調べてみますと、後頭部の下方、首の部分に固い凝りがあり、軽く押しただけでも痛いというのです。私はこの部分を中心に、躰全体の浄めをおこないました。Kさんは治療のあと首すじ、後頭部が軽くなり、頭がすっきりしたことを述べました。
治療のあと、私はKさんと奥さんに対して水子霊のために二十一日間のミルク供養をすることを勧告しました。水子霊が供養を受けられる程度に身体の状態が回復していることを霊査により確認したからです。なお、症状に関わる別の因縁霊の浄めは次回以降とすることとし第一回目の治療を終わりました。
第二回目の治療は翌日におこないました。治療に先立って昨日の浄め以後の様子を伺いましたところ、昨夜はぐっすり眠れたとのことで疲れがとれたとのことでした。また、水子霊に対するミルク供養も今朝から始めたとのことでした。
霊査をおこない水子霊以外の霊を呼びましたところ、手に強い霊動がでて先祖霊であることが判りました。母方の祖父霊の感触はありましたが、霊自身は不慢の表情をあらわし、首肯しませんでした。
この状態では浄めが先決と考え全身浄めの治療をおこないました。Kさんの感じは昨日に増して身心が軽くなったとのことでした。今回は先祖の祭祀について供養の仕方を教えさとして終わりました。
翌日第三回目の治療をおこないました。二日おいて第四回目の治療をおこないました。この間は霊査はせずもっぱら全身浄めに終始したのです。第三回目の治療が終わったあとは芯からよく眠れるようになり、心配症だったKさんが心配しない様になったといわれ、大きな変化がみられました。
第五回目の治療、第六回目の治療は引続いておこないました。第六回目の治療は折に奥さんから話があり、昨夜半のこと、台所で大きな音がして目がさめ、人の気配がしたので起きてみたが別段変ったことはなかったけれども、大変恐怖を感じたということでした。
私は思うところがあり、急遽Kさんの奥さんによって霊査をすることを考えKさんと奥さんに相談しますと大賛成でしたので、奥さんによって霊査しました。その方法として大先祖霊を招霊することとし、大先祖霊にKさんの因縁をさらに詳しくお伺いすることを考えたのです。
さて、奥さんに正座、瞑目して頂き、神に祈念してから大先祖霊を招霊しました。奥さんは霊媒的な素質があり、間もなく大先祖霊が憑られました。丁重に挨拶申し上げてからKさんにまつわるノイローゼの因縁についての教示を頂きました。まだ口述はできないために肯く形での応答をお願いしました。
Kさんの症状がすべて憑霊作用によるものですかとの問に、大先祖霊は大きく肯かれたのです。憑依している因縁霊の最も強いものを逐次お伺いしてゆく過程で、母方の祖父の念が最大であることも判明しました。祖父の供養、慰霊の必要性の質問に大先祖は大きく首肯されました。Kさんの家系にまつわる姓の変更のことに問が及ぶと、大先祖霊はハラハラと落涙されました。迷い苦しんでいる祖父霊の気持ちを思いはかっての事でありましょう。推移を見守っていたKさんも男泣きに泣いておりました。大先祖霊に接して直接自分にかかわる大事なことを教示して頂いたことに対する、恐懼と感激の涙であったと思います。また祖父霊の辛い心中を察しての涙であったのかも知れません。大先祖霊に丁重なお礼を申し上げてお還り願ったのであります。
このあとKさんの体を通して祖父霊の浄めを丹念におこないました。Kさんは祖父霊の改姓に対する無念の想いに深く詫びました。
翌日、第七回目の治療をおこないました。Kさんの状態は次第に良くなり、治療を重ねる毎に身体が軽くなってゆくとのことでした。私は治療後に祖父霊の特別供養をすすめ、菩提寺の僧侶にも供養して頂くことを勧告しました。次回の治療は供養後におこなうことを約束しました。
四日後の日曜日の午前中に寺での供養をすませ、その足でKさん夫妻は私の許を訪ねました。Kさんは自分の頭が著しく軽くなったと述べ、晴々とした顔をしておりました。夜泣きを続けていた下の子供も次第に泣かなくなってきたとの話もありました。
ここで第八回目の治療をおこないました。全身を丹念に浄めてから祖父霊と水子霊の昇天を祈りました。充分な浄めと供養をうけた祖父霊と水子霊は、次々とKさんから離脱して昇天されました。Kさん夫妻はたび重なる不思議な霊的体験に深く感謝しておられました。私はここで治療の終了を告げましたが、翌日も念のために来訪されるように話しました。もう一度様子をみたかったからです。
翌日、九回目の来訪。Kさんの状態を伺いますと身体が大変楽になり、以前のような健康時の状態に戻った様ですとの由でした。私は念のために、先般おこなった様に奥さんによって大先祖霊をお呼びして、Kさんの状況と因縁霊の鎮静状態についてお質ねいたしました。
大先祖霊の教示はKさんにまつわっていたノイローゼの因縁が解消されたとの由でありました。そして、Kさんは仕事についても今度はやってゆけるとの見通しを肯定されました。Kさんはここで大変勇躍し、やる気を起こされたのでした。
Kさんはそのご生霊の問題で来訪されたことがありましたが、一ヶ月をまたず就職も決まりました。三年間もジメジメした気持ちで暮らしてきた一家に明るい光がさしそめてきたのであります。
四ヶ月ほどしてKさん一家が突然に来訪されました。会社の方も入社以来見習期間が終了して本採用になったことの報告と、元気に頑張っていることの近況報告とのことでした。奥さんの顔も暗いかげりは消えて生れ変った様に活々と輝いておりました。一家を覆っていた霊障を解消した者の喜びでありました。
神通霊能者笹本宗園著 「霊障からの救い」より引用